ニューヨークの8番街に男は居た。
街は相変わらず、雑踏の音で賑わって居た。
きびきび歩くビジネスマン、
買い物帰りの女性、
犬の散歩、
自転車便の青年、
道路工事、
時々やって来るパトロールカー
遠く、近く、
取材のヘリの爆音も聞こえる。
街の公園のベンチでは、
ホームレスのベスが煩さそうに
空を見上げて居た。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
今はフリーター。
遅い昼食の後、
ぶらぶらと8番街を
歩いていると、
携帯にメールが届いて来た。
《Mr.》
其れを見るだけで、
男は内容を見ずに
携帯をしまって居た。
「ジェフお帰り。」
「ああ…。」
中古のアパートに帰ると、
いつもの様に
ベットに身を投げ、
テレビを着ける。
「オーやりました。日本の柔道。
矢張り本家本元。
これは…。」
(何だ。)
ジェフは詰まらなそうにテレビを消した。
そのまま寝込んでしまった。
「RRRRRRRRRR」
煩い電話を取ると
「おいっ。今何時だと思っている。」
仕事場の上司の怒鳴り声で眼が醒めた。
「…。」
仕方無く、
冷蔵庫の牛乳を飲み、
部屋を出た。
大特急で、
仕事場に行くと、
「ジェフ、何様のつもりだ。」
「申し訳有りません。」
腐りながらも、街外れの倉庫で
何時ものフォークリフトで
荷降ろし作業にかかった。
「おおいっ、何してるんだ。」
「ちぇつ。」
ついて無い日は駄目だ。
その時、ジェフの
携帯が又鳴った。
携帯にメールが届いて来た。
《Mr.》
其れを見るだけで、
男は内容を見ずに
また携帯をしまって居た。
「RRRRRRRRRR」
電話を取ると
「儂だ。判って居るだろう。」
「…。」
男は直感的に脳裏に走った過去の記憶。
「儂だよ。判って居るだろう。」
「…。」
「何故黙って居るんだ。」
「命令だよ。」
「何の権限で。」
がちゃり。
男は電話を切ると時計を見た。
深夜の二時だった。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
昔のしがらみで、
何か非常の問題があるらしい。
何故俺が、
もう、良いじゃないか。
「RRRRRRRRRR」
電話を取ると
「儂だ。判って居るだろう。」
「どうしたら良いんだ。」
「明日例の場所に、
そう、午後二時に会おう。」
「其れは…」
がちゃり。
都合を云う前に切れてしまった。
豪奢な造りのホールに、
執務室と
小会議室と
私的なエリアがあった。
ドアが開いて
神経質そうな男が入って来ると、
「連絡が付きました。」
「遅い。」
「申し訳ありません。」
「他に居ないのか。」
「生憎…。」
「舐められたもんだ。」
「で、話は付いたか。」
「はい、此れからで。」
「遅い。」
「はい。」
「きっと、承知させるんだ。」
「奴が嫌なら他の奴でも構わん。」
「はい。」
男は控え室に戻ると
物思いに耽った。
それは、男が十代の頃の記憶だった。
おれは、
そう。ハイスクールの三年だった。
スポーツ万能で、
キャンパスでは人気者だった。
「おい。トム。」
「何だか忙しそうだな。」
「いや、そうじゃ無いが、今此れに凝ってるんだ。」
「なんだい。」
「シロオビだよ。」
友人のトムは汚い稽古着とやらを突き付けた。
饐えた匂いに咽せた。
「何だ此れは。」
「知らないのか。
今度学内に出来た〝ジュードー〟のジムさ。」
〝ジュードー〟?
「彼がジュードーの師範だよ。」
其れは背の低い、
足の短いアジア人であった。
「コンニチハ。私がジュードーの守口と申します。」
赤銅色の笑顔が、
白い柔道着で際立って見えた。
友人に無理矢理すすめられる侭、
男はジュードーの
虜に成ってしまった。
静寂なジムの一室で、
正座瞑目も、
不思議な体験であった。
「ハジメッ。」
あっと思った瞬間、
彼の視野は180度ひっくり返った。
天地が逆転した。
途端、脳天と
全身に衝撃が走った。
呼吸困難に一瞬混乱した。
「此れは東洋の不思議だ。」
思わず狂気した若い彼が居た。
其の年の秋には
キャンパス内のジムの門下生も板に付き
男はシュギョウの日々を
送ったものである。
「おい。最近付き合いが悪いぞ。」
「…。」
「そうだわ。あなたが来ないと、
ぜんぜん盛り上がらないわ。」
「しばらく放っといてくれ。」
「何初めたの。」
「聴いたぞ。ジムに誘われて、
ジュードー始めたらしいな。」
「…」
「なあ。おい、どうしたんだ。」
「ま。良いから、放っとこうぜ!」
男はその後、馴染みの連中と手を切った。
何が彼をかえたか。
脳裏に
赤銅色の笑顔が、
白い柔道着の男守口。
彼の
いや、東洋のフ・シ・ギの
魔力に帽子を脱いだのであった。
豪奢な造りのホールに、
執務室と
小会議室と
私的なエリアがあった。
ドアが開いて
神経質そうな男が入って来ると、
「連絡が付きました。」
「そうか。」
「奴とコンタクトは…。」
「明日チャンスが…」
「はっはっはっはっはっは。天下のOISOも
形無しじゃないか。」
「猶予を。」
「判った。」
「今、ジュードーの世界では我が国は
立ち後れて居る。」
「はい。」
「儂が高々一武道の盛衰に振り回される訳には行かない。」
「はい。」
「我が国は、総べてナンバーワンでなければ成らん。」
「はい。」
「特に儂は、東洋のフ
・シ・ギを制覇したい。」
「はい。」
「はっはっはっはっはっは。
詰まらん妄執と思うかね。」
「いいえ。」
「頼むぞ」
「お任せを。」
ニューヨークの6番街に男は居た。
街は相変わらず、雑踏の音で賑わって居た。
きびきび歩くビジネスマン、
買い物帰りの女性、
犬の散歩、
自転車便の青年、
道路工事、
時々やって来るパトロールカー
遠く、近く、
取材のヘリの爆音も聞こえる。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
又今朝も早くから携帯が鳴った。
一瞬男は躊躇った。
「ちっ。またか。俺だ、例の件だろう。」
電話の向こうでは、事務的な
一方的なメッセージを伝えて来た。
「8番外のカフェ.テリーヌで待って居る。」
男は乱暴に電話を切った。
陽当たりの良い、南向きの通路角に
カフェ.テリーヌは有った。
男が入ると、
迷わず一番奥の席に向かった。
「遅かったぜ。」
「此処にタイムカードは無かったぜ。」
相手は2メートルを越えた、
大きな男だった。
握手を求めたが、
男は嫌った。
8番外のカフェ.テリーヌに男は居た。
「ボスが、執心でね。」
「…俺には関係無いね。」
「判るだろう。」
「知らんね。」
「冷たい奴だぜ。」
「じゃ、聴くが、」
「何だい。お前がハイスクール時代、全米を沸せた
あのジュードーへの情熱は何だった。」
「くっくっくっくっくっく。」
「何が可笑しい。」
「仕事で徹底的に教わったのは、
丸腰じゃ、黒帯は何の価値も無い。」
「馬鹿じゃ無いか。」
「そんな事じゃ無い。」
「判ったよ。ボスのご執心の為に。」
「ジュードー世界制覇の秘密ジムを建設するんだろ。」
「いや、その程度じゃ無い。」
「何だ。」
「そんな事は誰でも出来る。」
「お前を呼んだのは、今迄に無いグレートスキル。」
「?」
「それを考えて欲しいと云う事。
誰にも破られない。」
男の眼に冷たい光が宿った。
8番外のカフェ.テリーヌに男は居た。
「ボスが、執心でね。」
「…俺には関係無いね。」
「判るだろう。」
「知らんね。」
街は相変わらず、雑踏の音で賑わって居た。
きびきび歩くビジネスマン、
買い物帰りの女性、
犬の散歩、
自転車便の青年、
道路工事、
時々やって来るパトロールカー
遠く、近く、
取材のヘリの爆音も聞こえる。
街の公園のベンチでは、
ホームレスのベスが煩さそうに
空を見上げて居た。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
今はフリーター。
遅い昼食の後、
ぶらぶらと8番街を
歩いていると、
携帯にメールが届いて来た。
《Mr.》
其れを見るだけで、
男は内容を見ずに
携帯をしまって居た。
「ジェフお帰り。」
「ああ…。」
中古のアパートに帰ると、
いつもの様に
ベットに身を投げ、
テレビを着ける。
「オーやりました。日本の柔道。
矢張り本家本元。
これは…。」
(何だ。)
ジェフは詰まらなそうにテレビを消した。
そのまま寝込んでしまった。
「RRRRRRRRRR」
煩い電話を取ると
「おいっ。今何時だと思っている。」
仕事場の上司の怒鳴り声で眼が醒めた。
「…。」
仕方無く、
冷蔵庫の牛乳を飲み、
部屋を出た。
大特急で、
仕事場に行くと、
「ジェフ、何様のつもりだ。」
「申し訳有りません。」
腐りながらも、街外れの倉庫で
何時ものフォークリフトで
荷降ろし作業にかかった。
「おおいっ、何してるんだ。」
「ちぇつ。」
ついて無い日は駄目だ。
その時、ジェフの
携帯が又鳴った。
携帯にメールが届いて来た。
《Mr.》
其れを見るだけで、
男は内容を見ずに
また携帯をしまって居た。
「RRRRRRRRRR」
電話を取ると
「儂だ。判って居るだろう。」
「…。」
男は直感的に脳裏に走った過去の記憶。
「儂だよ。判って居るだろう。」
「…。」
「何故黙って居るんだ。」
「命令だよ。」
「何の権限で。」
がちゃり。
男は電話を切ると時計を見た。
深夜の二時だった。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
昔のしがらみで、
何か非常の問題があるらしい。
何故俺が、
もう、良いじゃないか。
「RRRRRRRRRR」
電話を取ると
「儂だ。判って居るだろう。」
「どうしたら良いんだ。」
「明日例の場所に、
そう、午後二時に会おう。」
「其れは…」
がちゃり。
都合を云う前に切れてしまった。
豪奢な造りのホールに、
執務室と
小会議室と
私的なエリアがあった。
ドアが開いて
神経質そうな男が入って来ると、
「連絡が付きました。」
「遅い。」
「申し訳ありません。」
「他に居ないのか。」
「生憎…。」
「舐められたもんだ。」
「で、話は付いたか。」
「はい、此れからで。」
「遅い。」
「はい。」
「きっと、承知させるんだ。」
「奴が嫌なら他の奴でも構わん。」
「はい。」
男は控え室に戻ると
物思いに耽った。
それは、男が十代の頃の記憶だった。
おれは、
そう。ハイスクールの三年だった。
スポーツ万能で、
キャンパスでは人気者だった。
「おい。トム。」
「何だか忙しそうだな。」
「いや、そうじゃ無いが、今此れに凝ってるんだ。」
「なんだい。」
「シロオビだよ。」
友人のトムは汚い稽古着とやらを突き付けた。
饐えた匂いに咽せた。
「何だ此れは。」
「知らないのか。
今度学内に出来た〝ジュードー〟のジムさ。」
〝ジュードー〟?
「彼がジュードーの師範だよ。」
其れは背の低い、
足の短いアジア人であった。
「コンニチハ。私がジュードーの守口と申します。」
赤銅色の笑顔が、
白い柔道着で際立って見えた。
友人に無理矢理すすめられる侭、
男はジュードーの
虜に成ってしまった。
静寂なジムの一室で、
正座瞑目も、
不思議な体験であった。
「ハジメッ。」
あっと思った瞬間、
彼の視野は180度ひっくり返った。
天地が逆転した。
途端、脳天と
全身に衝撃が走った。
呼吸困難に一瞬混乱した。
「此れは東洋の不思議だ。」
思わず狂気した若い彼が居た。
其の年の秋には
キャンパス内のジムの門下生も板に付き
男はシュギョウの日々を
送ったものである。
「おい。最近付き合いが悪いぞ。」
「…。」
「そうだわ。あなたが来ないと、
ぜんぜん盛り上がらないわ。」
「しばらく放っといてくれ。」
「何初めたの。」
「聴いたぞ。ジムに誘われて、
ジュードー始めたらしいな。」
「…」
「なあ。おい、どうしたんだ。」
「ま。良いから、放っとこうぜ!」
男はその後、馴染みの連中と手を切った。
何が彼をかえたか。
脳裏に
赤銅色の笑顔が、
白い柔道着の男守口。
彼の
いや、東洋のフ・シ・ギの
魔力に帽子を脱いだのであった。
豪奢な造りのホールに、
執務室と
小会議室と
私的なエリアがあった。
ドアが開いて
神経質そうな男が入って来ると、
「連絡が付きました。」
「そうか。」
「奴とコンタクトは…。」
「明日チャンスが…」
「はっはっはっはっはっは。天下のOISOも
形無しじゃないか。」
「猶予を。」
「判った。」
「今、ジュードーの世界では我が国は
立ち後れて居る。」
「はい。」
「儂が高々一武道の盛衰に振り回される訳には行かない。」
「はい。」
「我が国は、総べてナンバーワンでなければ成らん。」
「はい。」
「特に儂は、東洋のフ
・シ・ギを制覇したい。」
「はい。」
「はっはっはっはっはっは。
詰まらん妄執と思うかね。」
「いいえ。」
「頼むぞ」
「お任せを。」
ニューヨークの6番街に男は居た。
街は相変わらず、雑踏の音で賑わって居た。
きびきび歩くビジネスマン、
買い物帰りの女性、
犬の散歩、
自転車便の青年、
道路工事、
時々やって来るパトロールカー
遠く、近く、
取材のヘリの爆音も聞こえる。
男は白人、
三十五歳、
元FBI捜査官だったが
変わり者で、仕事に溢れてしまった。
又今朝も早くから携帯が鳴った。
一瞬男は躊躇った。
「ちっ。またか。俺だ、例の件だろう。」
電話の向こうでは、事務的な
一方的なメッセージを伝えて来た。
「8番外のカフェ.テリーヌで待って居る。」
男は乱暴に電話を切った。
陽当たりの良い、南向きの通路角に
カフェ.テリーヌは有った。
男が入ると、
迷わず一番奥の席に向かった。
「遅かったぜ。」
「此処にタイムカードは無かったぜ。」
相手は2メートルを越えた、
大きな男だった。
握手を求めたが、
男は嫌った。
8番外のカフェ.テリーヌに男は居た。
「ボスが、執心でね。」
「…俺には関係無いね。」
「判るだろう。」
「知らんね。」
「冷たい奴だぜ。」
「じゃ、聴くが、」
「何だい。お前がハイスクール時代、全米を沸せた
あのジュードーへの情熱は何だった。」
「くっくっくっくっくっく。」
「何が可笑しい。」
「仕事で徹底的に教わったのは、
丸腰じゃ、黒帯は何の価値も無い。」
「馬鹿じゃ無いか。」
「そんな事じゃ無い。」
「判ったよ。ボスのご執心の為に。」
「ジュードー世界制覇の秘密ジムを建設するんだろ。」
「いや、その程度じゃ無い。」
「何だ。」
「そんな事は誰でも出来る。」
「お前を呼んだのは、今迄に無いグレートスキル。」
「?」
「それを考えて欲しいと云う事。
誰にも破られない。」
男の眼に冷たい光が宿った。
8番外のカフェ.テリーヌに男は居た。
「ボスが、執心でね。」
「…俺には関係無いね。」
「判るだろう。」
「知らんね。」
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by kankyou118
| 2010-05-03 06:00